慈しみの心
「ルース・デニソンは、思いもよらない仕方で慈しみのレッスンを
教えてくれました。彼女は生徒たちが皿洗いをしている最中に
台所に入ってくるのです。それ自体、先生がするようなことでは
ありません。生徒たちの様子を見回して、鍋をこするのに注意が
足りないとか文句をつけます。「何だって! この瞑想の先生は
台所にやってきて鍋の洗い方を教えるっていうのか」と生徒らは
思います。彼女は鍋の内側をこするのにどのたわしを使って、
銅製の底にはどれを使うかについて詳細な指示を与えます。
当初はムッとしたものの、生徒たちは彼女が鍋に対する思いやりを
実践しているのだということを理解しました。つまり、ある意味では
鍋にもそれなりの命があって、彼女はそのお世話をしていたのです。
私たちの中には、成長の過程で鍋やフライパンのようなものは
重要ではないという態度を身につけてしまう人たちもいます。しかし
気づきと慈しみを修行すると、すべてのものが世話するに値するという
理解が育まれてきます。すなわち、私たちがあらゆる物に対して
思いやりをもって関わるとき、私たちは自分自身に対して思いやりを
もって関わっているのです。」
『やさしいヴィパッサナー瞑想入門』
アリンナ ワイスマン, ジーン スミス著
動物にも、昆虫にも、植物にも、みみずだって、おけらだって、
鉱物や石、砂、塵や埃にも、
人工物にも、
すべてに慈しみの心を持てるのですね。
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